利用者の声

2022.03.16

『人生でかけがえのない財産』熊本のたいがくん(当時:中学三年生)

▼たいがくんのご家族からのメッセージ
(原文ママ)

るみ子さん、こんにちは!
大河が種子島、るみ子さんのもとで過ごした4年間。本当にお世話になりました。

「この山村留学で、一人っ子の息子に兄弟をつくりたい」それが、母の願い。つまりこの文章を書いている私の娘の想いでした。

孫は「ひまわりこどもの家」で、小学6年~中学3年まで4年間お世話になりました。
留学出発のわずか一週間前、小5の3月。私の娘(孫の母)は病気で他界。そのような状況でも、孫は自分の意志で種子島に出発することを決めました。

「ひまわりこどもの家」でお世話になった4年間。入れ替わりでやってきた、同じ年、年下も含めて6~7人の男の子たちと共に暮らし、時にはけんかもしながら、育ち、別れを迎える時には本当の兄弟のようになっていました。

4年前を思い起こしながら、今この文章を書いていると、留学準備の時に交わしたるみ子さんとの印象的なやりとりが思い出されます。

もともと、孫は喘息がありました。そこで、留学にあたって吸入器を持たせようかとるみ子さんに相談したことがあります。
その時るみ子さんは
「必要ありません。我が子も喘息でした。必要な時は病院に連れていきます。おまかせください」
とはっきりと言い切ってくださいました。

この言葉を聞いて、「この人になら、安心して孫をまかせられる」と確信したことを憶えています。
実際、小学校修学旅行の直前、孫は喘息発作が出ましたが、前日の夜付きっ切りで背中をさすってくださり、翌朝には発作がおさまり、無事修学旅行を楽しんでくることができました。
4年間の留学中、喘息に加えアトピーも治りました。本当に感謝しています。

「ひまわりこどもの家」は、ひとりひとりの違いや成長のスピードを見極めて、その子に最善の対応をしてくださいます。
それでいて、その時期に家族であるみんなで、何かが起こるたびに、しっかりじっくりと全員で話し合うことを欠かしません。
それにより、こどもたちが本当の兄弟のように育ちあっていきます。

今、孫はとても素直に成長し、笑顔で会話をします。
もしこちらでお世話になっていなかったら、話しかけても「別に」とか「まぁ」などと答えるような、多くの十代のこどもたちに見られるような、会話の少ない状態になっていたと思います。

「ひまわりこどもの家」には、テレビ、電気釜、電子レンジ、エアコン、携帯、ゲームのない生活が待っています。
今、多くの家庭に当たり前に存在しているものは、ここにはありません。

けれども、その「ない」ことこそが、ひまわりこどもの家の最大の価値です。
「あって当たり前」がない生活の中、こどもたちは自分で工夫して暮しをつくっていくことを学びます。

ですので、ゲーム依存や不登校のお子さんには心からおすすめします。
考える力、生きる力を身に着けるのに、これほど適した場はないのではないでしょうか。
ただし、「預ければ何とかなる」という人任せの親御さんにはおすすめしません。

さて、孫は、「ひまわりこどもの家」を巣立ち、高校生となり寮生活をスタートしました。寮生活を選んだのも、「種子島で見つけた将来の夢」を叶えるための孫の選択です。

新しい生活では、掃除、洗濯から裁縫まで、身の回りの事はすべて自分でする必要があります。
しかし、「ひまわりこどもの家」での生活があったおかげで、まったく問題なく寮生活のスタートを切ることができました。ひまわりこどもの家では、留学生はお客様ではなく、皆が家族の一員として、それぞれが役割を持ち、家の事も一通りこなしてきました。
自分で考え、決断し、人生を切り拓いていく、その力が身に着いたのも種子島での暮らしがあってこそのものだと確信しています。

「ひまわりこどもの家」での経験は、お子さんにとっても親御さんにとっても、人生でかけがえのない財産となるでしょう。



 ↑ たいがくんは南種子中学で陸上部と一般の陸上部であるTTCに入部。



 ↑ 喘息を持っていましたが努力の日々でどんどん走れるように



 ↑ 高校でも陸上で活躍したたいがくん


 
 ↑ 現在は大学への進学を希望し、陸上部を目指して日々頑張っているそうです。頑張れ!!たいが!!

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今年の4月から希望の明治大学へ進学できました。
おめでとう!たいが!そして楽しくがんばれ‼
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