2023.09.15
東京の修司くん
▼修司くんのお母さま様からのメッセージ(原文ママ)
●ひまわり子どもの家との出会い
私がひまわり子どもの家を知ったのは、ここを卒業して帰ってきた男の子のお母さんからの勧めでした。
その男の子が見違えるように良くなり帰ってきたこと。また、修司を大川さんに預ける前に別の卒業生とも会って話を聞ける機会があり、そちらの男の子も、以前とはまるで別人のように良くなっているようだったこと。
以前は学校へ行けてなかったという卒業生2人の劇的な変化を目の当たりにし、また代表のるみ子さんの、預かった子供たちを絶対に良くしたいという熱意や取り組みに心を打たれ、ここならずっと学校へ行けていない修司も元気になれるかも... そう思うようになりました。
●預けると決めるまで
大川さんが取り組まれている内容は、全国や海外からも自閉症のお子さんが多く集まり改善をさせている、長男が8年間通っていた武蔵野東学園の取り組みとも共通するものがありました。
子どもの可能性を信じ、生活の自立を促し友人たちと切磋琢磨する中で、様々な体験を通しながら社会性を学び、社会へと巣立っていくこと・・・
それを特性のある子や不登校の子ども達に行うことは到底一筋縄にはいかないことも多いものですが、大川さんは非常に熱い信念を持って、ご家族の皆さんや学校、地域と連携し、それを行ってくださっていました。
武蔵野東学園と同じく運動を取り入れ、食事にも気を配ってしっかりと体作りをしてくださっていたことや、心も育んでくださっておられること。
そして東京では叶わない、大らかで自然豊かな風土も大きな決め手となりました。
人は自然から遠ざかるほど病気に近づくという言葉を有名なヒポクラテスが残しましたが、数年にわたる不登校から入院すらできない程まで心身が弱り果て家から出れなかった修司には、雄大な自然の力が必要なのでは... と、私自身の田舎暮らしの経験や、自然の中で元気になった方の体験談から感じていたのです。
●ひまわり子どもの家での育ち
大川さんが気持ちの良い自然の中に修司を連れ出してくれ、散歩をしたり海や山で体を動かし、バーベキューをしたり。
家の中でも、山や畑、海で採ってきた貝やタケノコで調理をしては大地の恵みを味わい、集めた枝葉でリースを作って季節を感じ。
そうして過ごすうち、人も自然の一部と言わんばかりに、修司はその環境の中でみるみる癒され元気を取り戻していってくれました。
ひまわり子どもの家にはいろいろな子供たちが来ています。
大川さんは留学生達を家族として迎え入れ、皆で楽しく助け合いながら良いことは認め良くないことはしっかりと正してくださります。
ひとつ屋根の下、仲間との切磋琢磨の中で修司は社会性や道徳、生きる力をめざましく身に着けて、そのうち修司の本来持っていた良いところもキラキラと光りはじめました。
大家族の大川家の皆さんに、地域の方々。沢山の人に温かく受け入れられて励まされ、学校行事や陸上クラブの記録会もひとつひとつ乗り越え自信をつけて。
長期休みに帰ってくる度に修司が元気になって、目の輝きが増していくのがはっきりと分かりました。
ひまわり子どもの家では、楽しいばかりではなく時には愛ゆえの厳しさもあるかも知れません。
ですが、いつもそこには仲間がいます。体験を通して共にかけがえのない成長を刻み、楽しい思い出がたくさん詰まった家。
長い休みになると卒業生がめいめい第二の家族の元へと帰ってきては、小さな留学生達の面倒を見てくれます。
そんな懐深く温かい、心の故郷が修司にできました。
●食べ物と環境の大切さ
るみ子さんが、食べ物を始め電磁波や農薬などにも気を配り子どもの発達にいい環境を作ってくださっていたのも、修司の健全な成長には大きな効果があり、そのことも大変感謝をしています。
というのも、小麦粉や牛乳、白砂糖がとくに体質に合わない子がいること。そして過去に検査で修司も合わないらしいということは分かっていましたが、それらを修司が好んでいたため避けることは難しく、日々の中で多く摂ってしまっていました。
修司が、帰省時にパンやジュースを沢山摂りすぎてしまうと再びイライラやパニックが現れ、また、家庭でも電磁波の対策をしたところ修司だけでなく長男もずっと悩まされていた倦怠感が改善した、ということがあり、家族で食べ物や環境の大切さを知りました。
修司は、毎日みんなで工夫をして作るご飯や身体にいいオヤツはとびきり美味しいし、五右衛門風呂を焚くのも大変だけど楽しい!と笑顔で話してくれます。
アレルギーでエピペンを持っていましたがそれも治り、帰って来てからも家族の一員として健康を考えて料理を作り生活してくれるようになりました。
●ひまり子どもの家が私たちに教えてくれたこと、そしてこれから
山村留学から帰ってきた修司は、種子島へ行く前の見る影もない程に大らかにたくましく成長していました。
その背中は、都会で細かく時間を刻み小さなことも気にかけながら暮らしている私たちにも、もっと雄大な自然に習ってゆったり大らかに生きれば楽しいよ、と物語っているようです。
るみ子さんは、修司が帰ってからも元気に過ごせるよう、修司だけでなく家庭も良くなるようにと助言をくださり、時に相談にも乗って下さりました。
そのおかげもあって、発達障がいの兄弟の関係や家庭の問題も快方に向かいだし、10年来床に臥せてばかりいた私の病も修司が種子島にいる間に回復の兆しを見せて、再び家庭が機能しだし家族が笑えようになった今があります。
子育てが大変な時にもっと周りを頼り助けを求めてもいいこと。家のことも仕事も抱え込まずにもっと助け合っていいことを大川さん達ご家族が教えてくれたような気がします。
種子島で、修司が6年生の時に読んだ俳句です。
「助け合い、みんなの心に花が咲く」
一年半の種子島生活を終えて東京の中学に入学してすぐの作文では、これまで種子島で沢山助けてもらった分、今度は修司自身が周りを助けることができる人になりたいと力強く書き綴っていました。
そして私自身も、周りで子育てに困っている人に気が付き手を差し出せる存在でありたいと、種子島で息子がお世話になり長く暗いトンネルを抜けた今、ひしひしと思っています。
核家族化が進み、子育てや家庭のことを抱えきれずに困っている方は沢山いると、近年のニュースの報道からも感じています。
助け合いの笑顔の輪が、ひまわり子どもの家から日本に世界にと広がっていき花開くことを心から願っています。
・・・るみ子さん、感謝の思いがこみ上げて、感想長文になりました。
大川家の皆さん、この場をお借りして深く御礼申し上げます!またきっとお会いできる日を今から心待ちにしています。
